MENU

【変性意識】現実と空想の区別を無くせ

今年も残すところあと2ヶ月、ということになった。

皆さんやり残したことはないだろうか?

「光陰矢の如し」とはよくいったもので、時とはまさにあっという間に過ぎ去り、戻ることはない。

このブログの趣旨は、気功を使った「願望実現」であるからよく分かるが、願望を実現していく過程も時間がかかるというのに、迷っている時間などは大変もったいない。

やり残しがあればパッとその流れの中に入ってしまおう。

さて、本日の投稿は、前回の続きとなる『変性意識の使い方』となる。

私はこの変性意識を「願望実現のための超能力」と呼んでいる。

それだけ強い力を、自身にも他人にも与えることができるわけだから、特にスピリチュアルのような世界に縁のない人だって知っておいて損はないはずだ。

まずは前回の投稿を見てみよう。

【関連記事】変性意識と「アーティスト」

変性意識の扱いにもっとも長けているのは、優れたアーティストだという話。

だからアーティストの変性意識の扱いを覚えると、たちまちあなたは自身を含む内外に影響力を与えることができるようになる。

その下準備として「感情の行方」についてよくよく観察してほしいとお願いをしておいた。

感情と変性意識の関係については、もう何度も説明しているので割愛する。

興味がある人は拙著『変性意識入門』を読まれてみてほしい。

それでは優れたアーティストが使う「変性意識」とはいかなるものなのか?

その行ったんを垣間みてみよう。

目次

■自分自身をどこまで信じられるか?

かのフランスの大作家、ヴィクトル・ユーゴーに対して「ヴィクトル・ユーゴーは、自分でヴィクトル・ユーゴーだと思い込んでいる狂人であった」と言ったのは、詩人のジャン・コクトーだった。

あの一連の大著作は、ユーゴー自身が自分を狂ったまでに信じ続けた結果生まれ、それがために世界の万人を惹きつける名作として語り継がれているのである。

これは、「文字」を利用した変性意識状態ということができる。

結論として高いレベルの変性意識とは、「自分を信じた者」だけが持てる境地なのである。

もう一つ例を出そう。

日本のバンドの中で「X エックス」というバンドがいる。

彼らはまだ日本の馴染みのなかった80年代から、「メタル」というジャンルで勝負し続けてきた、いささか稀有な存在だ。

ポップスや歌謡曲全盛の日本においてこのニッチな音楽ジャンルで勝負することが、どれだけ難しいことか想像できるだろうか?

だが今やどうだろうか?

紆余曲折を経て解散?再結成を行ってはいるものの、昨今はメディアへの露出も増え、NHKの紅白歌合戦へも頻繁に登場している。

私は、もともと彼らの音楽に興味があるわけではなかった。

海外で当時展開されていたパワーメタルに、日本の叙情性を加味した甘い曲調が少し不自然に聞こえたからだ。

格好も当時の海外の勢いをそのまま自分たちで消化したような、ド派手な出で立ちだった。

一見するとどこを切ってもとっつきにくいように思われる彼らの音楽は、日本のチャートにおいても何十万枚とセールスを売り上げる、まさに主流になっていく。

その秘密がどこにあるのか?

私は彼らをそういう対象で見るようになってから、すっかりファンになってしまったのだ。

その秘密は、彼らの実直なまでの「信念の具現化」なのである。

彼らのパフォーマンスは、一切の迷いが曇りがない。

常に振り切れているのである。

そんな彼らのパフォーマンスを見ると人は、「凄いものを見た」となるだろう。

そういう「凄いものを見た」という人が一人二人と雪だるまのように増えていったことで集団催眠のような状態になり、現在の「誰が聞いても凄いバンド」という状態があるのだ。

これがアーティストが使う高度な「変性意識」なのだ。

■現実と空想の区別を無くせ

その他のアーティストが優れていないなんてことは一言も言っていないが、「X」の例はとても分かりやすい。

彼らの音楽格好は、作られたものではない。

彼らの中に湧き出るイメージをそのまま素直に具現化した結果ああなったのだ。

恐らく、あそこに少しでも迷いや嘘があったとしたら、Xは売れていない。

ただの色物バンドとして時代に取り残されてしまっていただろう。

まさにXは、ヴィクトル・ユーゴーよろしく、自分をXだと思っている狂人だということなのだ。

「自分を信じて行動すること」、これは文字にしてしまえば簡単だが実際に行うことはとても難しい。

人間は、「信じてないこと」「嘘」は基本的にいってできないからだ。

いやもちろん出来ることはできるが、自分自身の中に凄い力を持ったり、他人に影響を与えることはできないのである。

それはなぜかというと、「恥」という感情が起こるからである。

例えばあなたが、大好きで大好きでたまらないお菓子があったとしようか。

あなたはもうそのお菓子の大ファンで、勝手にファンサイトなんていうものも立ち上げたりしている。

そんな時に『そのお菓子ってそんなに美味しくないよね』なんて人に言われても「は?ほっとけよ」というように聞き流せるだろう?

自分が信じたものに対しては他人がどうこう、なんていうことは一切関係がなくそれに没頭することができる。

しかし「まあまあ好き」とか「テレビで紹介されてたから食べてる」ぐらいのお菓子であると、人にとやかく言われた途端に自信がなくなったり、萎縮してしまったりするものなのである。

これには「恥」という社会的な感情が多分に関係している。

この恥の感情を持つと、意識も体の動きも、途端にギクシャクしたものに見えてきてしまう。

常に「他者」という概念が頭をもたげ、「他人はどう思っているだろうか…」と自分とは関係ない意識が介在してしまうのだ。

つまり変性意識に入るにあたり、「他人」という現実世界の出来事は邪魔でしかないのである。

だからアーティストに「薬物使用」のニュースが絶えないだろう?

あれは作品を生み出すにしろ、パフォーマンスをするにしろ、「現実」という空間を排除するために使う。

それだけ変性意識を使うものにとって「現実」とは邪魔な存在でしかない。

だから自分を信じて「現実と空想の区別」を無くしたものだけが、高度な変性意識に到達することができるのである。

■本当に好きなことから始めよう

変性意識を理解するためには、まずは「感情の行方」を知ることだと言った。

自分に起こる感動や恐怖といった感情の流れを知り、それを包み隠さず処理することができるか、これが鍵となる。

本当に好きなことで無ければならない。

誰かのお仕着せや、疑いが自分の中にあると、それは全てあなたの中から生まれるピュアな空想ではなく、普段感じている嫌な現実の延長でしかないからだ。

今変性意識に入れている、使えているけれど、もう一段階上のレベルの変性意識に到達したいと考えている人は、このあたりを意識されると良いだろう。

変性意識の方法自体は理解した、あとはそれを高度なものにするベクトルだけなのだ。

■おわりに

こうしてモノにした変性意識をどのように使うかはあなた次第である。

前回の投稿でも述べたが、「透視がしたい」とか「高いシンクロニシティを実現したい」とか「オーラや丹光を見たい」はたまた「霊能力が欲しい」とかそういうことを実現しても良い。

また「もっと人を惹きつけたい」とか「もっと商売がうまくなりたい」でも良いと思う。

ここまでのレベルに到達すれば、人を惹きつけて商売を行うことも簡単に可能となる。

ただそれは「嘘」であってはならない。

自分が信じた先に、一段階上の「変性意識」があるのである。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次